伝道者の書に関連して考えたこと


2004年1月28日。
ふかちんこの文章を書き始める。

久しぶりにまたエッセイを書いてみたいと思う。
今回は、私の好きな聖書の一部(伝道者の書)を通して書いてみたいと思う。

まず、伝道者の書の冒頭の部分の記述を読んで頂きたい。
その部分を聖書より転記する。

伝道者の書 1章2節から9節−−−−

空の空(くうのくう)。伝道者は言う。
空の空(くうのくう)。すべては空(くう)。
日の下で、どんなに労苦しても、
それが人に何の益になろう。

一つの時代は去り、次の時代が来る。
しかし地はいつまでも変わらない。
日は上り、日は沈み、
またもとの上る所に帰って行く。
風は南に吹き、巡って北に吹く。
巡り巡って風は吹く。
しかし、その巡る道に風は帰る。
川はみな海に流れ込むが、
海は満ちることがない。
川は流れ込む所に、また流れる。
すべての事はものうい。
人は語ることさえできない。
目は見て飽きることもなく、
耳は聞いて満ち足りることもない。
昔あったものは、これからもあり、
昔起こったことは、これからも起こる。
日の下に新しいものは一つもない。

−−−−−−−−伝道者の書・ここまで

これが、伝道者の書の冒頭の部分の記述である。

どうだろう。
私は、この文章から、凄くカッコいいというか、クールな感じを受ける。

伝道者の書の著者である伝道者は、「空の空。すべては空。」と言っているのであるが、
そこまで、人は物事を達観できるのだろうか。
でも、私も、伝道者と同じように思っている。

金や名誉や地位、権力、女、例えばそんなものに何の価値があるのだろうと思っている。
世の中にあるそういったたぐいのものは、何の意味も無い。
すべては空である。

この伝道者の書の著者の伝道者は、一般的に、ソロモンと言うイスラエルの王様だと考えられている。
この王様の時にイスラエルは非常に栄え、ソロモンは富と名声を一身に集めた。
また、非常に多くの妾を抱え、贅沢な生活をしていたと言われている。

しかし、そんな権力の頂点を極めた人が世に残した言葉が、「空の空。すべては空。」である。

結局のところ、世にある権力や地位、名誉や金、女と言ったものは、ソロモンにとって、むなしいものだったのだろう。

実は私は、ソロモンに遠く及ばないが、若いころ仕事がある程度上手く行って、良い給料を貰っていたことがある。
当時の同世代の人の給料の倍ぐらいは貰っていたのだが、ぜんぜん、嬉しくなかった思い出がある。
お金というものが非常にむなしく思えた。
その時、結局のところ、お金では何も満たされないことを知った。
幾ら、お金があっても、心の平安が無くては、なんにもならないと思った。

結局の所、空の空すべては空である。
そして、日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になるんだろうと思う。

私は、聖書を読んでいて、この伝道者の書の冒頭部分に非常惹かれました。
共感を覚えました。


伝道者の書には、他にも良いと思う記述がある。
それは、時について書かれている部分である。

その部分を聖書より転記するので、読んでみてください。

伝道者の書 3章1節から8節−−−−

天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、
植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、
石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、
抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、
縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

−−−−−−−−伝道者の書・ここまで

すべての営みには時がある。
私もそう思う。
結局、時が来なければどうにもならないことって良くある。
時が来るまでは、じたばたしても始まらない。
全てを神に委ね、おおらかな気持ちで日々過ごした方が良い。
神が定めた時が来るまでは、どうにもならないのだから。


あと、伝道者の書の次の文章を紹介します。

伝道者の書 12章1節−−−−

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。

−−−−−−−−伝道者の書・ここまで

私も、もっと若いうちから、創造者(つまり神)を覚えれば良かったと、つくづく思う。
神の存在に気づくのが遅かった。
もっと早く気づいていたら苦労が少なかっただろうに。
ただ、老年になる前に、神の存在に気づけて良かったと思う。
老年になってから神の存在に気づくのでは、人生の大部分を無駄な苦労によって
過ごしたことになる。
それは、むなしい。
そうならなくて良かった。


あと、最後に、伝道者の書のまとめと言える文章を紹介します。

伝道者の書 12章13節−−−−

結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。
神を恐れよ。神の命令を守れ。
これが人間にとってすべてである。

−−−−−−−−伝道者の書・ここまで

その通りだと思う。
人は神に逆らってはなにもできないのだから。

というこで、伝道者の書を通して書いたエッセイはここまで。